本当にサイトの離脱を減らすべきか - 書評『逆説のスタートアップ思考』
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』で忙しい中ですが、『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)という本を読みました。
半年くらい前に公開された同名のスライドの書籍化で、多くの内容が重複しています。SlideShareに目を通して完璧に内容を理解できたという方ならば特に本書を購入するメリットは乏しいと思いますが、私はそうではなかったので今回書籍を購入しました。
www.slideshare.net
著者である馬田隆明氏は元MicrosoftのVisualStudioエバンジェリストだったそうです。
例: Google検索のKPI
突然ですが、もし自分がGoogle検索のサイト運営者だったとしたら、何を考えるでしょうか。
Google検索のKPI…PV,UU,継続率,滞在時間,離脱率,回遊率などなど…を置いて、それらに目標数値を設定して、改善に向けてPDCAを回して、というのは容易に想像できます。
- PVを上げるにはどうしたら良いか?
- 継続率を上げるにはどうしたら良いか?
- 離脱率を下げるにはどうしたら良いか?
- サイト滞在時間を上げるにはどうしたら良いか?
私だったら、こんな事を日々悶々と考えながら、仮設をいっぱい立てて、検証して、という事をすると思います。
しかしこの時点でGoogleとは考え方が異なっているそうです。いったい何が違っているのでしょうか。
本書の後半で、実際に製品の指標の設定の仕方について語られています。
そう考えていくと、メトリクスは製品がいずれたどり付きたいビジョンにしたがって設計するべき、と言えます。
(『逆説のスタートアップ思考』第三章『プロダクト――多数の「好き」より少数の「愛」を』P.173より引用)
Googleの掲げる使命は「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」ことです。
つまりGoogle検索も、これを達成できるような数値目標を設計するべきです。
Webページの内容はおおきく2つに分けられます。 「コンテンツ」 と、コンテンツに到達するための 「ナビゲーション」 です。 Google検索とは、まさにインターネット全体の「ナビゲーション」に該当するわけです。
ではGooleのミッションが達成されるために、Google検索はどういうナビゲーションであるべきかというと
つまり、Google検索をたくさん使って、さっさと目的のWebページに移動してもらいたいので
- PVを上げる
- 継続率を上げる
- 離脱率を上げる
- 滞在時間を下げる
という運営が必要になってきます。
正気のサイト運営者ならば自身のサイトをたくさん見てほしいはずなので、 「離脱率を上げる」「滞在時間を下げる」 というサイト運営は、直感に反するものです。 より端的にいうと、 狂っています。
ですが、こうした"狂った"考え方によってGoogle検索は他の類似サービスを出し抜き、多くの顧客を獲得しました。
ポータルサイト全盛の1990年代後半、多くの会社が自社サイト内でのユーザー滞在時間をいかに増やすかを考えていた時に、Googleは精度のよい検索エンジンを作り、あえて自社サイトへの滞在時間を減らす事業を展開していました。(中略)これも、他人から見ればさぞ不合理なアイデアに見えたはずです。
(『逆説のスタートアップ思考』第一章『アイデア――「不合理」なほうが合理的』P.44より引用)
実際に、PVを追っていった結果不必要なリンク遷移を増やしてユーザにとって使いにくいサイトになったり、検索順位向上を目指して倫理上問題のある記事を量産したメディアの例は枚挙に暇がありません。これらの良し悪しを語ることはしませんが、言いたい事はKPI設計ひとつ取ってもWebサイトを変えてしまうという事です。
立ち上げ当時のGoogleは検索サイトとしては後発の弱小サイトだったそうです。 しかしその結果Googleがどういう成長を描いたのかは、私が説明するまでもありません。 世界最強の検索エンジンの根底にあるもののひとつは狂ったKPI設計だったのかもしれません。
書籍『逆説のスタートアップ思考』について
先述のGoogleの例のように、使命を達成するための「説明しづらい」「不合理に見える」「狂った」アイディアこそがスタートアップにおける成功の法則である、といった意味合いで「逆説的である」ので 『逆説のスタートアップ思考』 というタイトルだそうです。
この本は2時間程度で読める新書ですが、著者直々に「時間が無い人向けの読み方」も公開されています。
まずはざっと内容をつかみたい方や時間がない人は、
- 「太字になっているところだけ」さらっと読む
- 「気になる太字の前後だけ」を読む
というのがお勧めです。
私は平成生まれのデジタル・ネイティブなはずなのですがなんか頭の中が古臭いのか、電子媒体から入ってきた情報を活かすのが苦手です。SlideShareを「なるほどふ~ん」と適当に読んでも次ゼルダの伝説を遊ぶ頃には頭から抜けていそうです。 そのため書籍化によって手元に置いておけるようになったのは嬉しい限りでした。読みやすいものの理解しにくいないようなので、何回か繰り返し読みたい一冊です。
不確実性を楽しむ
本書には様々な「逆説的な」考え方が紹介されています。しかし「この考え方はあくまでスタートアップという領域に限られた物であり、世間一般に普遍的に適用されるべきものではない」というスタンスも取っています。実際に毎日毎日みんながみんな狂ったアイディアばかりを口にしていたら何が真実なのかさっぱり分からなくなりそうです。
論理的思考で誰が見ても正しい結論を導き、合議して進めることで明らかな成果を確実に出すという事が多くのシーンでは重要であり、そこに逆説的な思考は本来ならば存在し得ません。
スタートアップは誰にでもお勧めできる選択肢ではないと考えています。 というのも、スタートアップを始めると、ほぼ例外なく大きなストレスを抱えることになります。実際、シリコンバレーでは起業家の鬱が社会問題になっているほどです(面白いのはそれを解決するメンタルヘルスケアのスタートアップまで多数あるところですが)。
(『逆説のスタートアップ思考』終章『逆説のキャリア思考』P.247より引用)
一方で本書では「不確実性の高まっている昨今の世界情勢において、“不確実性を利用して大きな成果を出す”というスタートアップの考え方は広く理解されるべき」としています。これこそが本書の主題だと私は受け取りました。
つまりこの本の正体は起業の本でもなんでもなくて、予測できない状況をできるだけ前向きに楽しむためのマインドセットなのだと思います。
例えば、スタートアップの話ではないですが「Twitterで翻訳小説を連載する」だとか「可愛い絵柄で血みどろの魔法少女アニメを作る」といった狂ったアイディアは、本書の定義において逆説的であると思います。
逆説の思考を毎回必ず採択すべきとは到底思いません。むしろ有効な場面のほうが少ないと思います。全員がこういった思考をするべきとも思わず、得手不得手が極端に出ることだと思います。
ですが逆説的な考え方には「説明しづらい」という欠点があります。そこで「こういった考え方もある」という事を多くの人が理解し、世に認められるべきだと思いました。私自身こう言っていても本書の内容はまるで血肉になっていないので、もっと勉強しようと思います。
まとめ
- 作者: 馬田隆明
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/03/08
- メディア: 新書
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逆説のスタートアップ思考を理解でき、まわりにも理解されていれば、不確実性の高い未来に対して少しでも希望を見いだせるようになり、論理的な思考では超えられない壁を打破できるようになるかもしれません。 すると世の中の見え方が、すこし良い方向に変わってくるのではないかと思いました。